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地方で好きを仕事に! 副業に助けられたライターの話

更新日:

はじめまして。あさりログの管理人、山崎浅吏(やまざきあさり)です。

文系の学歴一切なしでライターになった私の、20年分のプロフィールをまとめました!

とても長いので、見出しと画像だけをさらっと流し見してください。

「私もライターになりたい!」とか「会社辞めたい!」「好きを仕事にしたい!」という方はじっくり読んでください!

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18歳 大学の選択に失敗する

23年前、私は大学の選択に失敗して、軽い鬱になりかけました。

しかも通学に1時間半、乗り換え2回、満員電車で当然座れないというハードモード。

あの頃、ネットにもっとたくさんの情報があったらと、つい考えてしまいます。

なぜ大学選びに失敗してしまったのか

自分の将来のために、どんな大学を選択するべきか。

まさに今、悩んでいる高校生も多いと思います。

私はゲーム・漫画・アニメオタクだったので、自分の好きなことを仕事にしたいと考えました。

でも両親に「ただの趣味が仕事になるわけがない。わけて考えるべき」と言われて折れてしまったんです。

確かにその通りだ。いつまでもゲームばっかりやってたらまともな社会人になれない。

大学に進学したら真人間なろう! もうオタクなんてやめよう!

このときは正しい選択をしたと思いました。

後になって大学選びを完全に失敗したことに気づき、軽い鬱に

私は文系人間だったにも関わらず、毎日実験と実習に追われまくるという、理系の短大(栄養学科)に進学してしまったんです。

さらに、同じ学部に私と同じようなオタクがほとんどいなかったことがダメージを大きくしました。

他の大学との合同テニスサークル? そんなまぶしいところにはとても入れない!

中学、高校とオタクな友人たちに囲まれて楽しく過ごしていたのに、真人間になろうだなんて無茶な目標を掲げたばっかりに、私は自分を追い詰めてしまったんです。

大学とか会社は、一度入ったらそう簡単には辞められないですよね。

私立だったので、それなりのお金がかかっていることも知っています。

両親に申し訳なくて、学校がつらいとか、通いたくないなんて、とても言えませんでした。

毎日目に涙を浮かべながら満員電車に揺られて、1時間半。

どうして自分はこんな所へ来てしまったんだろうと、何度も後悔しました。

そんな中、なんとか自分の人生を楽しくできないかと思って始めたのが、オタク系のバイトです。

19歳 副業で学生生活がバラ色に

副業の最大のメリット。

大学や会社選びに失敗しても、人生を変えることができるんです!

同人誌即売会で働いてみた

オタクな友人に飢えていた私は、同人誌即売会でバイトを始めました。

具体的な仕事内容は、会場前に机や椅子を設置したり、入り口でパンフレットを売ったり、コスプレ用更衣室の入り口を見張ったりとか、そんな感じです。

これが大正解でした。

なんと、その会社の事務所でもバイトをさせてもらえることに!

これが私にとってひとつ目の大きな分岐点になりました。

学生なのに、イベント会社で重要ポストを任される

イベントは土日しか開催されないので、事務所で月~金働けるのはすごくありがたいことでした。

しかもそのとき任されたのが、同人誌の通販カタログを作成するという、編集者、ライターっぽい仕事です。

山ほどの同人誌を読んで、見所や内容を100文字くらいにまとめて1冊のカタログにする。

この作業をたった1人でこなすことになりました。

これが本当に楽しくて、毎日終電まで事務所に居残り作業に没頭。

つまり、好きな物の中に飛び込めば必ずチャンスはあるんです。

才能がないとか、学歴がないとか、そんなのは行動しない理由にはなりません。

私は副業のおかげで、鬱になりかけるほど暗黒だった大学生活が、突然バラ色になりました。

そして「やっぱり好きなことを仕事にしたい!」と強く思うように。

だってバイトとはいえ、文字を書くことでお金をもらえたんです。

これを仕事にできるんじゃないかと考えるのは当然の流れですよね。

19歳と半年 好きを仕事にしようと決意

私は大学卒業後、ゲーム系の専門学校へ通おうと決心しました。

ですがそこで「あなたはここに来る必要はない」と門前払いされてしまったんです。

専門学校で入学を断られた話

卒業まであと半年。

同じ学科の友達はとっくに就職活動を終わらせています。

そんな中、私は必死に好きを仕事にする方法を考えていました。

都内にあった専門学校の説明会に行き「ゲームが好きだから、そういう会社に就職したい」と訴えたんです。

すると先生は「あなたはこの学校に来る必要はない」と言い出しました。

え、どういうこと? 新入生獲得のための説明会なのに?

理由を聞くと「すでに短大卒という学歴があるんだから応募してみなさい」と。

いやいや、無理だって。

だって栄養学科ですよ? しかも短大で、偏差値も全然高くないんですよ?

疑心暗鬼になりつつも、ソニー等の有名ゲーム企業に行ってパンフレットをもらってきました。

でも当然、そんな大企業には入社できません。

そこで私は考えました。とりあえずバイトで入れる所を探そう。

新卒での入社をあきらめて、バイトで修業する道を選択したんです。

20歳 学歴なしで編集プロダクションに採用される

20世紀末、日本にはリクルート社が発売するフロムエーというバイト雑誌がありました。

その中に、ゲーム系の雑誌や書籍の編集をしている会社の求人がいくつか載っていたんです。

これだ!と思いました。

ゲーム会社に就職できないなら、ゲーム系の編集プロダクションに就職すればいいじゃない!

面接官に、感想文をディスられる

私が目をとめたのは、編集プロダクションキャラメル・ママという会社です。

この時は契約社員を募集していて、業務内容は週刊少年ジャンプの記事や、ドラクエ、FFの攻略本など。

なにそれ、めちゃくちゃ楽しそう。絶対入りたい!

でもこんなにキャッチーな仕事をしてる会社、応募が殺到してるに決まってます。

恐る恐る、応募要項に記載されていたゲーム感想文と、履歴書を送付することにしました。

でもやっぱり自信がないし不安で仕方がありません。

どんな手を使ってでも、この会社に入りたい!

そこで私は、イベント会社で作っていた同人誌カタログをコピーして同封しました。

学生時代にこんな副業をして腕を磨いてます!というアピールです。

その結果、なんと書類選考を突破し面接日のお知らせが!

運命の日、ドキドキしながら面接官のいる会議室に入った私。

そこでいきなり浴びせられた言葉は……。

「君が書いたゲームの感想文、面白くないね」

さらに「すごくありきたりだし、個性がない」と畳みかけられます。

泣きそうになりました。

書類選考を突破したんだから、自分の力が評価されたと思い込んでいたんです。

そんな私をフォローするかのように、面接官の部長はこう付け加えました。

「でも個性がない分、読みやすい」

「は、はぁ……」

すっかり意気消沈している私は、まともな受け答えができなくなっています。

「ところでこのカタログのコピーだけど。漫画とかアニメとか好きなの?」

そう言われて、少しだけ気を取り直した私は顔をあげました。

「すごく好きです!」

「なるほど。だったら……」

その後、面接官だった2人の部長はボソボソと何かを話していましたが、私にはよく聞き取れませんでした。

1/100の難関を突破!

面接後、私は期待していいのか、あきらめたほうがいいのか、よくわからないまま日々を過ごしていました。

個性がないとか、面白くないとか散々ディスられたので、やっぱりだめだったのかなと落ち込んでみたり。

文系の学校にも行ってないし、文章の正しい書き方も勉強したことがないし、と過去の自分を責めてみたり。

そんな中、なんと一週間ほどで「採用されました」という電話が!

「え、ホントに!?」というのが率直な気持ちでした。

後で聞いた話ですが、この時の応募総数は200人、採用されたのは3人(内1人は秘書だったので別枠)。

実質1/100の難関を突破していたんです!

これも後で知ったんですが、編集プロダクションではチームを組んで1冊の書籍を作り上げます。

そのため、無個性の読みやすい文章は必須スキル。

たとえばゲームの攻略本で、ページによって文章に妙なクセがあったら読みづらいですよね?

個性的すぎるテキストも、最初はキャッチーでいいかもしれませんが長く読まされると胸やけがします。

おそらく部長たちは、私の文章はなんの特徴もないから多人数で書く書籍に最適だ、と評価してくれていたんです。

さらに、私が同封した同人誌のカタログも効果を発揮していました。

とある部署に寿退社する女性社員がいて、欠員が出ていたんです。

ムック(雑誌と書籍の中間的な読み物)と呼ばれる漫画やアニメの関連書籍を主に作っている部署でした。

私はその部署で、ライターとしての1歩を踏み出すことに。

入社後、どうして自分がこの部署に配属されたのか部長に聞いたことがあります。

「だって、アニメとか漫画が好きなんでしょ?」

アニメや漫画に詳しい、知識が豊富な人材が必要とされていたわじゃありません。

ただ「好き」なだけでいい。

好きだから、情熱をもって仕事してくれそうだという部分を評価してもらえたんです。

しかもこの部署は、のちにゲームの開発をすることになります。

これが2つ目の運命の分かれ道でした。

入社初日、漫画を読めと言われる

「とりあえずこれ、読んでもらえるかな」

ゲーム、アニメ、漫画。

私の好きな物だらけの職場に入社した初日。

新入社員用のオリエンテーションを済ませた後に渡されたのは、数十冊の漫画でした。

机の上に並べられたのは、『天は赤い河のほとり』と『名探偵コナン』。

えっ、入社初日の仕事が漫画を読むこと!?

こんなんでお給料もらえるとか最高じゃない!?

採用してくれた部長と、ここには来るなと背中を押してくれた専門学校の先生に深く感謝しました。

さらに、もし就職できなかったらうちにおいでと言ってくれたイベント会社の社長にも。

その社長の言葉がなかったら、卒業ギリギリに雑誌で職探しというギャンブルはできなかったかもしれません。

こんな書籍を作ってました!

配属された部署で作った書籍がこちら。

名探偵コナン、推理クイズブック!

こんなのを作るよーと先輩に見せられたとき、頭が真っ白になりました。

クイズはともかく、パズル? トリック? そんなもの凡人に作れるの!?

結論。凡人でもなんとか作れるようになります。

コツさえつかめば誰にでも作れるんです。

このスキルを得たおかげで、独立後に『此花3~偽りの影の向こうに~』というミステリーゲームのシナリオを執筆する機会に恵まれます。

22歳 週刊少年サンデーで企画が採用される

入社して2年ほどがたった頃。

契約社員から正社員に昇格して1年が過ぎ、書籍の企画などもぼとぼちやらせてもらえるようになりました。

そんな中、私が作った企画が通り、週刊少年サンデーで2~3Pの読者向けコンテンツを書かせてもらえることに!

テレビにパクられるほどの画期的な企画

社内でも、ジャンプの巻末読者ページを担当する先輩ライターさんたちは花形で憧れだったので、少しは近づけたかなと感慨もひとしおです。

この企画、かなり画期的だったと自負しているんですが、しばらくして同じようなことをテレビ番組でもやり始めたので、ひとりでほくそえんでいました。

読者にも好評だったので、私の退社後も先輩に引き継いでもらい、しばらく続いていたと思います。

22歳と半年 書籍の会社でなぜかゲームを作ることに

入社して2年半くらいが過ぎた頃。

雑誌や書籍の記事を書くはずの編集プロダクションで、なぜかゲームを作ることになりました。

これが私の人生において、二度目の大きな転機になります。

亀仙人のモデルになった社長、先見の明でモバイル事業を起こす

この頃日本では、携帯電話を1人1人が持つ時代に突入していました。

それに目を付けた社長。

「これからはモバイルの時代だ!」とモバイル事業部を立ち上げます。

今から20年も前に、モバイルコンテンツはお金になると見抜いていて、すぐ実行に移してしまう所が本当にすごいです。

余談ですがこの社長、『ドラゴンボール』に登場する亀仙人のモデルです。

いつもアロハシャツを着てます。

そんな感じで、モバイル事業部は時代の最先端を走っていました。

今でいうラインスタンプ的なものを売ろうとしていたり、とにかく画期的です。

そんな中、とんでもないものが私の部署で生まれました。

iモードメールで女の子と疑似恋愛ができるゲームの企画です。

あきらめたはずの夢が突然叶う

ゲーム作りに携わってみたい。それが私の本来の目的でした。

この会社にいて、まさかその夢が実現するなんて!

私はなんてラッキーなんだろうと、運命に感謝しました。

ちなみに私が採用試験時に提出したのは「ときめきメモリアル」の感想文です。

詩織に「一緒に帰るのは恥ずかしい」とか言われるアレです。

ギャルゲーも大好きだったので、この仕事は本当に楽しく執筆できました。

この企画が好評だったのか、しばらくして「女性向けも作ろう!」という話が出ます。

私は「待ってました!!」と言わんばかりに食いつきました。

2000年当時、女性が疑似恋愛を楽しめるゲームはkoeiさんの『アンジェリーク』くらいで、他にはほぼ存在しなかったからです。

それをモバイルでやろうというんですから、最先端どころの話じゃありません。

でもこのシナリオを執筆したことで、私の中で欲が生まれてしまいました。

やっぱりゲームが好きだから、毎日ゲームのシナリオだけを書いていたい。

さらにそれが女の子向けだったら、最高だなぁ。

私がいた部署には、ほかにもたくさん仕事があるので、そんなわがままは許されません。

どうしても自分の「好き」に忠実に生きたいなら、会社を辞めるしかない。

未練は、すごくありました。

今でも、社内に戻って仕事をしている夢をよく見ます。

ここまで読んだ方にはわかっていただけると思いますが、本当に最高の会社です。

この後私の部署では、また別のゲームのシナリオを執筆することになりました。

やった!と喜んだのに、その仕事は私のところには回ってきませんでした。

その後もいくつかゲームシナリオの仕事がありましたが、もっと優秀で実績がある先輩の元へ行ってしまいます。

3年たっても私はまだ下っ端だったので、書きたいですとも言えず……。

ここにいたままでは自分が本当に好きな仕事はできないと感じ、辞める決意をしました。

23歳 軽く根回しをした上で退職、フリーに

私は、後先考えずに勢いで会社を辞めたわけではありません。

ちゃんと根回しをしてありました。

「男性向けのギャルゲーはあるのに、女性向けの恋愛ゲームがないのはおかしい! ないなら私が作る!」

この情熱の行き場を探していた私は、在社中に自分でゲームを作ってしまいました。

その副業が、独立後の私を助けてくれたんです。

個人でパソコンゲームを作ったらめちゃくちゃ売れた

2000年当時、本当にごくわずかですが、女性向け恋愛ゲームをパソコンで作ってしまおう、という女性たちがいました。

私はさっそくその人たちのところへ行って、作業を手伝いながら話を聞かせてもらいました。

そこで、便利なツールがあるから、プログラムが組めなくてもゲームを形にできる、と教えてもらったんです。

ゲームって、そんなに簡単に作れるの!?と目からうろこが落ちました。

さっそく私はシナリオを書き、友達に絵を描いてもらって、ネットで知り合ったプログラマさんにサポートしてもらいながらゲームを完成させました。

これがびっくりするほど売れたんです。

私は、女性向けゲームは売れる!と確信しました。

この頃になると、同じようなことを考えている人たちが少しずつ集まり始めます。

業界を盛り上げるために協力しようという話になりました。

そのメンバーの中にいたとある会社の社長が、私にシナリオの執筆依頼をくれたんです。

24歳 独立後に執筆したゲームがヒット

2002年3月15日、私が企画、執筆したパソコンゲーム『怪盗アプリコット』が発売されました。

これがなんと、DC、PS、PS2、PSPとその後発売されるゲーム機を総なめにするほどのヒットに。

やっぱり女性たちは、恋愛ゲームに飢えていた

ヒットの理由は、他に選択肢がなかったから、というのがかなり大きいと思います。

恋愛ゲームをプレイしたい女性はたくさんいたのに、まったく供給されていなかったんです。

当時、女の子向けゲームの企画書をどんなに出しても、社内で決裁が下りないという話をよく聞きました。

そんなもの売れるわけがない、koeiさんには勝てないと、みんなあきらめてしまっていたんです。

ですが、私が企画したゲームのほかにも、ヒットを飛ばす女性向け恋愛ゲームが出てきたことで風向きが変わりました。

ゲーム会社で企画が通るようになったんです。

そこで私は、先駆者の立場を大いに利用して仕事を取りまくりました。

もともと存在しなかったジャンルなので、経験者がいません。

次から次へと仕事が舞い込んできます。

さらに、キャラメル・ママにいたライターという肩書が、びっくりするほど私を助けてくれました。

辞めてから知ったんですが、ゲーム業界ではかなり有名なプロダクションだったんです。

そんな中、多忙だったり昼夜逆転生活を送っていたせいで、家族との間にいくつかの問題が発生するようになります。

特に同居していた祖母は古い考えの持ち主だったので(高齢なので当然ですが)私の仕事をまったく理解してくれませんでした。

26歳 都会を捨てて山梨に移住

仕事は楽しいのに、家にいるのが苦痛で仕方がない。

もう嫌だ。家を飛び出して伸び伸びと執筆したい!

思ったら即行動。

私は実家を出て、山梨県で暮らすことを決意しました。

都会を離れても、仕事は減らなかった

山梨県を選んだのは、父親の転勤で住んでいたことがあったので、いざというとき頼れる友達が多かったのが理由のひとつです。

でも正直、都会を離れても、今まで通り仕事をもらえるのかとても不安でした。

最初のうちは、なるべく地方在住であることを隠そうとしていましたが、名刺などですぐにバレます。

「打合せや収録のたびにそんなに遠くから、大変でしょう」

気をつかってくださるクライアントばかりでしたが、「地方のライターは使いづらい」と思われているんじゃないかと、ドキドキしていました。

でも、仕事は全然減りませんでした。

この頃になるとネット回線もかなり進化していたので、地方在住というデメリットが薄れてきていたんです。

私は今、フリーランスやクリエイターが地方再生のカギになると考えています。

ねえ知ってる? 山梨は東京の隣にあるんだよ?

収録などで初めてお会いした方に、山梨に住んでいますというとかなり驚かれます。

でもちょっと待ってください。山梨県は東京都の隣にあるんです!!

八王子とか立川の先に甲府があって、中央線一本で移動できるんです!

これ、意外と知らない方が多くてびっくりします。

特急だったら1時間半で到着します。

一番安い移動方法は高速バスで平日片道1,500円です。当然全席指定です。

都内みたいに人が多くないし、水も空気もおいしいし、家賃安いし、桃やぶどうが食べ放題!

東京もギリギリ日帰りできる距離で、運賃もさほど高くない。

山梨は、クリエイターの移住先として結構いいんじゃないかと思ってます。

29歳 突然収入が0に 副業のおかげで結婚

私は筋金入りのオタクで、結婚は無理だろうと周囲には思われていました。

私も完全にあきらめていました。

都内の会社に通勤していたときも無理だったのに、フリーになって地方の自宅に閉じこもったら、もっと無理。

突然仕事がなくなり、収入が0に

そんな中、執筆を予定していたゲームの発売が突然中止になるというアクシデントが。

え、やばい。

そんなギリギリになって言われてもスケジュール埋められないし、収入がないと家賃も払えない。

ここまでたいしたトラブルもなく、順調すぎるくらいだった私のキャリアで最大のピンチが訪れます。

でも私は、すぐに開き直りました。

どんな仕事でもいい。生活費を稼ぐことを優先しよう。

この考え方は、とても大事です。

フリーランスの収入は安定させるのが難しいし、突然収入がなくなるのも普通のことです。

そうなったとき、自分は才能がないんだとか、もう駄目だと悲観しないでください。

今仕事がないなら、またチャンスが来るまで食いつなげばいいんです。

とりあえず接客業を副業にしてみた

収入がなくなった私は、とあるショップで接客をして食いつなぐことにしました。

今度は、時給や日給がもらえる仕事を副業にするという逆転の発想です。

なんとそこで、運命的な出会いが!

私の理想を具現化したかのような男性が、すぐ隣のお店で働いていたんです。

これを逃したら、きっと私は一生結婚できない!

猛アタックの末お付き合いすることになり、数年後にはゴールイン。

実は先日、さかえるさんという、離島に地方移住した方のお話を聞いてはっとしました。

選択肢が多すぎると人は選べない。

地方で濃密な人間関係の中にいたほうが、結婚できる可能性が高くなる。

復帰、そして10年

副業でなんとか食いつないでいる間に、次の仕事がきました。

そこからは、また怒涛のように仕事が舞い込んできて、あっという間に10年がたってしまいます。

私がやり残したこと 後続の育成

勤めていた会社、キャラメル・ママで、とても心残りだったことがあります。

後輩を育てずに辞めてしまったことです。

部長や先輩方に、20年稼げるライターに育ててもらったのに、なんの恩返しもできていません。

ゲーム業界にも長く関わってきたのに、新人を育成する機会がほとんどありませんでした。

実は私は、ひとつのゲームを全部1人で書きたいというわがままを通してしまっていたんです。

執筆スピードがすごく早いなら、誰かに仕事を割り振らずに1人で書いたほうが絶対に楽です。

お話の筋やキャラクターを理解してもらって、みんなで共通認識をすり合わせて、上がってきたテキストを修正して……。

そういう監修的な立場には、なにかとストレスが付きまといます。

たとえばライターさんと突然連絡がつかなくなってしまうとか、相手を傷つけずにどうダメ出しをすればいいかとか、いろいろです。

そんな心配をするくらいなら、1人で書いたほうがいい。

でもベテランがそんなことをしていては、ちっとも後続が育ちません。

この業界に恩返しをするために、20代、30代の若いライターさんたちを育成したい。

数年前からその思いが強くなり、振られた仕事を自分を含めたライターの集団で受けるようにしたり、専門学校で育成講座を行ったりと、少しずついろんな方にバトンを渡してきました。

このブログを作ったのは、まだ好きを仕事にしていない人たちにも、その可能性に気付いてもらうためです。

また日本の少子化を食い止めるためにも、若い方の収入をもっと増やさなければなりません。

これについては、私自身が新しいチャレンジをして経過を大っぴらに公開する予定です。

そして、いまアラフォー以上の方。

若者に足りないのは経験だけで、次の時代に適応する能力は圧倒的に彼らのほうが上です。

私たちは新しいことを取り入れる力がどんどん衰えてきています。

最近は若者の考え方に触れる機会が多かったおかげで、私も少しだけバージョンアップができました。

若い方に、習いましょう。ゆとりだなんて馬鹿にするのはもってのほかです。

これを読んで、何かひとつでも行動してみたいと思ったら、すぐにやってください。

一緒に人生を楽しみましょう!

最後に みんな副業しようぜ!

会社員、専業主婦、フリーランス、どんな立場でも構いません。

もし自分の人生に行き詰まりを感じたら、副業を始めましょう。

なんで?と思ったらこのプロフィールを頭からもう一度読み直してください。

  • この記事を書いた人

あさり

1998年、文系の学歴一切なしで編集プロダクションキャラメル・ママ入社。「好き」を仕事にするために独立し山梨県に移住。ライター歴21年目。主に推理物や女性向けゲームの開発に携わり、32本のゲームシナリオ、60本のドラマCD脚本の他、朗読劇台本などを執筆。バンタンゲームアカデミー東京校にて初心者向けシナリオ講座担当。

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